自転車で24年世界一周する男!岩崎圭一はどう生活してるの?その経歴とは?【クレイジージャニー】

岩崎圭一さんは、2002年に日本を出発してから2026年現在まで、

なんと24年もの間一度も帰国せずに世界一周を目指している旅人です。

しかも、ただの世界一周ではありません。

飛行機を使わず、自転車や徒歩、手漕ぎボートなど人力だけで進むという、
途方もないスタイルです。

2026年5月4日放送のTBS『クレイジージャーニー』でも特集され、その生き方が大きな話題になっています。

この記事では、

岩崎圭一さんが
どうやって24年も旅を続けているのか
お金や生活はどうしているのか
そして旅を始めたきっかけや人物像について

詳しくまとめました。

「自由に生きる」とは何か、きっと考えさせられる内容だと思います。

目次

岩崎圭一が自転車で24年世界一周!?クレイジージャーニーで話題に

2026年5月4日、TBS系列『クレイジージャーニー』で岩崎圭一さんが特集されます。

番組内容は
「日本出発から24年間、世界60か国を巡り一度も帰国せず世界一周を目指す男」

設楽統さんも「人類最強じゃない?」と驚愕するほど、その生き方は規格外です。

岩崎圭一さんの旅がここまで注目される理由は3つあります。

1つ目は、移動がすべて人力だという点。
飛行機や電車を使わず、自転車・徒歩・ヒッチハイク・手漕ぎボートで進みます。

2つ目は、定職につかないこと。
旅先で路上パフォーマンスなどをしながら日銭を稼ぎ、その場その場で生活しています。

3つ目は、気になるところはすべて寄り道すること。
効率的に回るのではなく、興味を持った場所があれば予定を変えてでも立ち寄る。

24年かかっているのは、それだけ多くの出会いや発見を大切にしてきた証ではないでしょうか。

普通は旅にも計画やゴールがあって、それに沿って進むものだと思います。

でも岩崎さんは、計画よりもその瞬間の直感や好奇心を優先している。

先が見えない中で直感を信じ続けることって、想像以上に難しいことだと思います。

それを24年間やり続けているというのは、もう覚悟の深さが違いますよね。

番組では、ロサンゼルスから中継で登場し、大西洋横断のエピソードなども語られる予定です。

普通なら「無謀だ」と思うようなことにも、迷わずチャレンジしていく岩崎さん。

番組を見たら、きっと驚かずにはいられないと思います。

私も岩崎さんの旅を調べていて、かなりの衝撃を受けました。

24年も旅を続ける生活ってどうなってるの?

24年間も帰国せず旅を続けるって、一体どんな生活を送っているのでしょうか

お金、寝る場所、食事…気になることだらけですよね。

お金はどうやって稼いでいる?

岩崎さんは、旅先で路上パフォーマンスをしてお金を稼いでいます。

特にマジック(手品)が得意で、世界各地でストリートパフォーマンスを披露し、チップをもらって生活費に充てているんですね。

言葉が通じない国でも、マジックは笑顔と驚きで伝わる。

だからこそ、世界中どこでも収入を得られる手段として成り立っているのだと思います。

「言葉の壁」は海外生活で最も大きな障壁の一つですが、それをマジックという技術で超えてしまうところに、岩崎さんの柔軟さを感じますね。

岩崎さんにはお金の稼ぎ方にも独自のルールがあるそうです。

それは「ひと様のお財布から直接いただく」こと

雇われて働くのではなく、自分の芸を見てもらい、喜んでもらった対価としてお金を受け取る。

このこだわりを20年以上貫き通しているのは、並大抵の信念ではないですよね。

普通であれば、途中で妥協して安定した収入の道を選びたくなるものだと思います。

それをしないところに、岩崎さんの生き方の一貫性が表れていると感じます。

しかも、この路上マジックがきっかけで、イタリアやイギリスの人気オーディション番組『ゴット・タレント』シリーズにスカウトされました。

2022年には『ブリテンズ・ゴット・タレント』で日本人初のゴールデンブザーを獲得。

これは審査員や司会者が「この人は特別だ」と認めたときに押される特別なボタンで、一気に準決勝進出が決まるものです。

驚くのは、出演の動機が「大西洋横断のための手漕ぎボート代(約400万円)を稼ぎたかった」という点です。

テレビ出演すら、旅を続けるための手段に過ぎない。

「有名になりたい」でも「芸能界に入りたい」でもなく、ただ旅を続けるためにステージに立つ。

この無欲さと、目的に向かってあらゆる手段を尽くす行動力の両立が、岩崎さんならではの凄みだなと感じます。

参考:『意志あるところに道はできる』を体現する冒険家岩崎圭一(レアゾン・ホールディングス)

どこで寝泊まりしているの?

寝泊まりについては、状況によってさまざまなようです。

旅を始めた当初は野宿が中心だったと言われていますが、路上パフォーマンスで稼げるようになってからは、安宿やAirbnbなども利用しているとの情報があります。

また、防水シートを持ち歩いて簡易テントを張ることもあるようです。

「今日はどこで寝るか」を毎日考えるというだけでも、精神的な負担はかなり大きいはずです。

それを24年間続けているわけですから、普通の旅行とは次元が違いますよね。

手漕ぎボートで大西洋を横断したときは、当然ながらボートの上で106日間も生活していたことになります。

波に揺られながら寝て、起きたらまた漕ぐ。

その間、バッテリーの故障、食糧庫への浸水、浄水器の不具合といったトラブルにも見舞われています。

海の上で真水が作れなくなるというのは、命に直結する事態です。

陸地であれば助けを求めることもできますが、大西洋のど真ん中ではそれもできない。

それでも一つ一つ冷静に対処しながら漕ぎ続けた106日間。

「過酷」という言葉ではとても言い尽くせない、まさに生死を賭けた日々だったはずです。

食事や日常生活はどんな感じ?

食事については、基本的に現地で調達しているようです。

岩崎さんは好き嫌いがなく、胃腸も丈夫だと公式ブログで語っています。

なんと、ガンジス川の水を1リットルほど飲んでも問題なかったというエピソードも!

これは決して真似できませんが、身体の頑丈さは24年の旅を支える大きな土台になっているのは間違いないですね。

移動中は自転車にミニコンロを積んで自炊することもあるそうです。

日常会話レベルなら10か国語も話せるとのことなので、現地の人との交流にも困らない。

10か国語というのも驚きですが、これも旅を続ける中で自然と身についたものなのでしょうね。

その土地の食べ物や文化に触れながら、じっくりと時間をかけて旅を進めていく。

その場で稼いで、その場で食べて、その場で眠る。

シンプルなようでいて、それを24年間途切れさせずに続けるには、身体の強さだけでなく、精神的なタフさも相当なものが求められるはずです。

守られた生活に慣れている私たちからすると、「不安にならないのかな」と思ってしまいますが、岩崎さんにとってはこれが日常であり、自分で選んだ生き方なんですよね。

なぜ24年も?旅を始めたきっかけと経歴

ここまで読んでいただいて、

「なぜそこまでして旅を続けるの?」

と気になっている方も多いのではないでしょうか。

そのきっかけと経歴を見ていきますね。

旅を始める前は何をしていた?

岩崎圭一さんは、1972年9月生まれ、群馬県前橋市出身です。

旅に出る前は、父親が経営するダクト製造の町工場で働いていました。

中学生の頃から家業を手伝わされていたそうで、ご本人は「友達が遊んでいるのに、自分だけ仕事。とにかく『働く』ということに対して印象が悪かった」と振り返っています。

大学卒業後も実家の仕事を続けていましたが、28歳のとき転機が訪れます。

「お金よりも自由な時間がほしい」

という思いを抑えきれなくなり、所持金わずか160円で東京・新宿へ向かい、ホームレス生活を始めたんです。

160円って、

今の時代だと自販機の飲み物すら買えるか買えないかの金額です。

「お金の大切さが分かれば考えも変わるかもしれない」という気持ちもあったそうですが、2か月間のホームレス生活を経て出した結論は、

「意外と生きていける」

というものでした。

多くの人なら数日で心が折れてしまいそうなところを、2か月間続けた上で「生きていける」という結論にたどり着くあたり、岩崎さんの精神力の原点を見る思いがします。

その後、実家には戻らず、ヒッチハイクで日本一周を達成。

翌年、知人からチケットを譲り受けてフェリーで韓国へ渡り、中国の青島市で3000円の自転車を購入。

ここから、岩崎さんの本格的な世界一周の旅が始まりました。

世界一周を始めたきっかけ

岩崎さんが世界一周を始めたきっかけは、「世界を見たい」というとてもシンプルな動機だったそうです。

特別な理由があったわけではなく、ただ純粋に、自分の目で世界を見てみたかった。

当初は「30歳までに帰ろう」と考えていたそうです。

しかし、一度海外に出てみると、

「こんなにいろいろなものが見られるんだ」
「世界は広いんだ」

と好奇心が止まらなくなり、気づけば30歳を過ぎていた。

「30歳まで」という区切りがいつの間にかなくなっていた、というのが岩崎さんらしいですよね。

目標を決めてそこに向かうのではなく、目の前の世界に引き込まれていった結果、旅が続いている。

そして旅を続けるうちに、新たな原動力が生まれてきたそうです。

それは「多くの人を笑顔にしたい」という思いです。

マジックを披露すると、言葉が通じなくても人々が笑顔になる。

その瞬間があるから、また次の場所へ向かえる。

岩崎さん自身、こう語っています。

「チベットやヒマラヤを自転車で越えている時も、自分の力では水一杯すら飲めない。社会はいろいろな人の仕事で成り立っている。じゃあ自分にできることは何か。やっぱり芸を通じて人々を笑顔にしたい」

旅を始めた頃の「世界を見たい」という個人的な動機が、いつしか「人を笑顔にしたい」という他者に向けた思いに変わっている。

この変化の中に、24年間の旅で岩崎さんが得たものの大きさが表れているように思います。

24年続けられる理由や原動力

24年も旅を続けられる理由は、いくつかあるように思います。

一つは、前向きな性格です。

岩崎さんは自分で「恐ろしいほど前向き」と語っています。

旅の中で大きなトラブルに遭ったことはないかと聞かれると、「あまり悪いトラブルは記憶に残らない。逆にいいトラブルしか覚えていない」と答えるほど。

これは単なる楽観というよりも、困難を受け入れて消化し、前に進むエネルギーに変えられる強さなのだと思います。

24年も旅をしていれば、危険な目に遭ったことも一度や二度ではないはずです。

それでも「いいトラブルしか覚えていない」と言えるのは、ネガティブな経験に引きずられない心の柔軟さがあるからなのでしょうね。

もう一つは、目的が「早くゴールすること」ではないという点。

普通の世界一周は、効率よく回って帰国するのが目標です。

でも岩崎さんは、「気になるところがあれば寄り道する」「ひとつの国にじっくり滞在して、現地の人と深く交流する」というスタイルを貫いています。

時間はかかるけれど、その分、表面だけでは見えない世界に触れることができる。

「効率」を手放すことで、代わりに「深さ」を手に入れている。

この価値観の選び方そのものが、岩崎さんの旅を唯一無二のものにしていると感じます。

そして、ご両親の存在も大きいようです。

岩崎さんの父親は、若い頃に自分も世界を回りたかったものの、7人兄弟の長男として家族を養うために叶えられなかったそうです。

だからこそ、息子の旅を応援してくれている。

父親の口癖は「自分の頭で考えろ」。

母親からは「ほかの人と違っていい」と教わったそうです。

この二つの言葉が、岩崎さんの生き方の軸になっているのではないでしょうか。

世間の常識や「こうあるべき」という枠にとらわれず、自分の道を進む。

その生き方の土台には、ご両親から受け継いだ価値観があったんですね。

叶えられなかった父親の夢を、息子が形を変えて実現している。

そう考えると、この旅は岩崎さん一人のものではなく、家族の物語でもあるのかもしれません。

人生一度きりという価値観は私も持っていますが、岩崎さんのように実際に行動で示し続けるのは、とてもできることではありません。

世間の常識に流されず、自分が本当にやりたいことに24年間向き合い続ける。

その姿勢には、深く考えさせられるものがあります。

これまでの旅のルートや訪れた国は?

岩崎さんは、これまでに約60か国以上を訪れています。

まず韓国・中国を経て、チベットを通りインドへ。

インドでは北のベナレスから東のコルカタ、西のムンバイやゴアを経て、最南端のカニャクマリまで隅々を巡りました。

一つの国をここまでじっくり回るというのは、それだけで何年もかかる旅ですよね。

その後、ネパールに戻り、登山経験がないにもかかわらずエベレスト登頂を達成。

しかもインド最南端の海抜0メートル地点から、すべて人力で山頂まで到達しています。

ヒマラヤ山脈をママチャリで越えたというのですから、もう常識の尺度では測れません。

登山経験なしでエベレストに登るというだけでも信じがたいのに、それを海抜0メートルから人力だけで到達しているとなると、もはや映画のような世界です。

インドではガンジス川を手漕ぎボートで35日間かけて下り、海まで到達。

その後、アフガニスタンからイランに入り、カスピ海も手漕ぎボートで21日間かけて横断しました。

ヨーロッパでは、トルコからドイツ、オランダ、フランス、イギリス、イタリア、スペイン、ポルトガルなどを回り、各地で大道芸をしながら旅を続けています。

そして2023年、ポルトガルのラゴスから手漕ぎボートで大西洋横断に出発。

バッテリー故障によるモロッコへの緊急着岸、カナリア諸島での食糧庫浸水などのトラブルを乗り越え、約6200kmの距離を106日間かけて南米スリナムに到着しました。

その後は南米を北上し、中米メキシコを経て、現在はアメリカを自転車で走行中です。

こうしてルートを振り返ってみると、一つ一つのエピソードだけで、ほとんどの人の一生分の冒険に匹敵するのではないかと思えてきます。

参考:マツコも感動!”人力で世界一周”岩崎圭一さんが大西洋横断成功(日本テレビ)

太平洋横断への挑戦とクラウドファンディング

2026年5月時点で、岩崎さんは人力世界一周の「最終章」に入っています。

次なる挑戦は、サンフランシスコから手漕ぎボートで太平洋を横断し、日本を目指すという壮大な計画です。

距離は約8000km以上、所要期間は半年以上を見込んでおり、2026年6月頃の出航を予定しています。

日本人による太平洋の手漕ぎ単独横断はまだ誰も達成しておらず、成功すれば歴史的な快挙となります。

大西洋横断が約6200kmで106日間だったことを考えると、8000km以上の太平洋横断がどれほどの挑戦か、想像するだけで身震いしますよね。

この最後の冒険を実現するために、岩崎さんはCAMPFIREでクラウドファンディングを実施。

目標金額1,200万円に対して支援者501人、達成率103%で見事目標を達成しました。

501人もの方が岩崎さんの旅を応援しているという事実そのものが、24年間の旅がどれだけ多くの人の心を動かしてきたかを物語っていると思います。

多くの人の応援を背に受けて、いよいよ太平洋へ挑みます。

すべてが順調に進めば、25年ぶりに日本の土を踏むことになります。

群馬で待つご両親との再会の瞬間を想像するだけで、胸が熱くなりますね。

参考:太平洋を手漕ぎボートで横断し、無帰国25年に及ぶ人力での世界一周を完結させたい!(CAMPFIRE)

岩崎圭一の人物像とプロフィール

年齢や出身地は?

岩崎圭一さんのプロフィールをまとめます。

【岩崎圭一さんのプロフィール】

  • 本名:岩崎圭一(いわさき けいいち)
  • 生年月日:1972年9月生まれ
  • 年齢:53歳(2026年5月時点)
  • 出身地:群馬県前橋市
  • 血液型:B型
  • 職業:マジシャン、冒険家

出発時は28歳だったので、人生の半分以上を旅に費やしていることになりますね。

群馬県という内陸の地で生まれ育ち、そこから世界60か国以上を人力で巡り、大西洋を手漕ぎで渡った。

この振り幅の大きさが、岩崎さんという人物の魅力を物語っているように思います。

性格や価値観

岩崎さんの性格を一言で表すなら、「底抜けに前向き」。

困難な状況でもポジティブに捉え、むしろ楽しんでしまう力を持っている方です。

ただし、それは単なる楽観ではなく、「悪いことは忘れて、いいことだけ覚えている」と本人が語るように、経験を自分の中で消化して前に進むエネルギーに変えられる強さなのだと思います。

「前向き」と言うのは簡単ですが、大西洋のど真ん中で浄水器が壊れても前を向ける人はなかなかいないですよね。

岩崎さんの「前向き」は、安全な場所から言う前向きとは重みが全然違うなと感じます。

好き嫌いがなく、何でも食べられる。

胃腸も丈夫で健康。

中学・高校と一日も休まなかったというのですから、身体の頑丈さも折り紙つきです。

趣味は中学時代に先生が見せてくれた手品に影響されて始めたマジックと、クラシックギター。

中学の先生が何気なく見せた手品が、まさか生徒の人生を24年の世界旅行に導くとは、その先生もきっと想像していなかったのではないでしょうか。

人生のきっかけって、本当にどこに転がっているか分からないものですね。

価値観としては、「人生を自分で選ぶ」ことを何より大切にしている方だと感じます。

定職につかず、安定を求めず、でも自分の信念には誠実に向き合い続ける。

公式ブログでは、両親や旅先で出会った人々への感謝も繰り返し語られています。

自由であることと、感謝を忘れないこと。

この二つを自然に両立させているところに、岩崎さんの人間としての深さを感じますね。

「自由」と聞くと、時に「自分勝手」と紙一重に思われることもあります。

でも岩崎さんの場合は、周囲への感謝があるからこそ自由でいられる、という順序なのだと思います。

クレイジージャーニーではどんな話が語られる?

2026年5月4日放送の『クレイジージャーニー』では、岩崎さんの24年に及ぶ旅が特集されます。

番組では、ロサンゼルスから中継で岩崎さんが登場。

大西洋横断のエピソードが大きく取り上げられる予定です。

手漕ぎボート購入のために路上でマジックをしていたら、テレビ局の目に留まり『ゴット・タレント』に出演することになった経緯。

そして106日間の海上生活で直面した、バッテリー故障、食糧庫への浸水、浄水器の不具合といった命に関わるトラブルの数々。

波が高い日、進めない日、孤独と向き合う日々。

それでも諦めずに漕ぎ続け、ついに南米に到着したときの感動。

また、「なぜ24年もかかるのか」という疑問に対しては、

(1)移動はすべて人力
(2)定職につかない
(3)気になるところはすべて寄り道

という3つの理由が紹介される予定です。

設楽統さんが「人類最強じゃない?」と驚くのも、無理はありませんよね。

岩崎さんの旅は、テレビで見ているだけでも心が揺さぶられるものがあると思います。

放送後には、きっと自分の生き方について考えさせられる方が多いのではないでしょうか。

世間の反応やSNSの声

※放送終了後にまとめます。

自転車で24年間世界一周する岩崎圭一の生活とその経歴【クレイジージャニー】:まとめ

岩崎圭一の生き方から学ぶこと

岩崎圭一さんについて、この記事で分かったことをまとめます。

【要点まとめ】

・2002年から24年以上、一度も帰国せず世界一周を目指している

・移動はすべて人力(自転車・徒歩・手漕ぎボート)

・路上マジックで旅費を稼ぎながら進む

・訪れた国は約60か国以上

・2023年に大西洋を106日間かけて手漕ぎボートで横断

・『ブリテンズ・ゴット・タレント』で日本人初のゴールデンブザー獲得

・1972年9月20日生まれ、群馬県前橋市出身の53歳(2026年5月時点)

・座右の銘は「意志あるところに道はある」

・2026年には太平洋横断に挑戦し、日本帰還を目指す予定

岩崎圭一さんの旅は、ただの世界一周ではありません。

効率や安定を求めず、自分の力だけで道を切り開き、出会う人々を笑顔にしながら進み続ける。

所持金160円から始まった旅が、24年の歳月を経て、太平洋横断という最終章に差しかかっています。

お金も地位も肩書きもなくても、強い意志と笑顔さえあれば世界のどこでも生きていける。

岩崎さんはその背中で、それを静かに証明し続けていますよね。

人生一度きりという価値観は私も持っていますが、岩崎さんのように実際に行動で示し続けるのは、とてもできることではありません。

でも、岩崎さんの生き方を知ったことで、「自分なりの一歩を踏み出してみよう」と思える方もきっと多いのではないでしょうか。

大きな冒険でなくてもいい。

自分が本当にやりたいことに正直に向き合う、その最初の一歩に意味がある。

岩崎さんの旅は、そんなことを教えてくれているように思います。

太平洋横断のクラウドファンディングは、多くの方の応援のもと、無事に目標を達成しています。

25年ぶりの帰国、そしてご両親との再会。

その瞬間を、一緒に見届けたいですね。

最後まで読んでいただき、ありがとうございました!

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この記事を書いた人

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